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NAD標的治療:食事が鍵を握る、難治がんに対する新規治療 <br> ―動物実験に成功(がん薬物療法研究部)


【ポイント】
・難治がんの一種、神経内分泌がん(NEC)では、この20年間、治療に大きな進歩がない。
・NECが “NAD合成に関わる酵素NAMPTの阻害に極めて弱いこと” を発見。
 NAMPT阻害薬を用いたNEC治療の有効性を、動物実験で確認。
・NAMPT阻害薬による治療成績は、食事で摂取するビタミンを減らすことで、劇的に向上。
・NECに対する新規治療に道を拓き、がん治療における食事の重要性を示す重要な成果。
【概要】
 神経内分泌がん(NEC)(※1)には発生する臓器によって様々なものがありますが、例えば、肺がんでは約2割、再発前立腺がんでは約4割を占める、悪性度が高いタイプのがんです。他タイプのがんでは、原因となる遺伝子異常を狙い撃ちする治療(分子標的治療)が進歩してきました。あるいは免疫療法が良く効く場合もあります。しかし、NECでは、どちらも上手くいっていませんでした。

 宮城県立がんセンター研究所 田沼延公 部長らの研究グループは、NEC細胞におけるNAD: 細胞の種々活動に重要な代謝物 の調達戦略(下図左)を調べました。がん細胞は、その生存や増殖のために大量のNADを消費していることが知られています。研究の結果、『NECが、NAD合成を担う酵素NAMPTの働きを抑えること(阻害)に対して極めて弱い』ことを発見しました。NAMPTは、ナイアシン(ビタミンB3)(※2)を材料にNADを作る主要な酵素です。正常細胞や他タイプのがんはナイアシン以外の栄養素からもNADを作ることができるのに対し、NECは、専らナイアシンからのNAD合成に依存していることが分かりました。さらに、NAMPT阻害剤(※3)を使ったNEC治療の成績がナイアシン制限食によって劇的に向上することを、動物実験で示しました。

 一連の結果は、NAMPT阻害薬と適切な食事制限の組み合わせでNECを治療できる可能性を示すものです。(下図右)NADの素になる栄養素を老化予防サプリとして積極摂取する試みがありますが、目下開発が進むNAD標的治療との組合せは注意が要るかもしれません。本成果は、国際科学雑誌「Nature Communications」誌にてオンライン公開されました。

【用語解説】
(※1)神経内分泌がん(NEC, neuroendocrine carcinoma)
 私たちの体には、神経内分泌細胞というホルモン産生細胞がいます。その細胞と似た性質をもつがんで、悪性度が比較的低いものをNET (neuroendocrine tumor)、悪性度が高いものをNECと呼びます。
 NET, NECは体の様々な部位から発生しますが、呼吸器・消化器で多くみられます。参考までに、スティーブ・ジョブス氏が罹患したのは、膵臓に発生したNET・NECです。
また、前立腺がんは、NECではありませんが(“腺がん”というタイプ)、内分泌治療を続けるうちに、がんの性質が変化して治療が効かなくなり、再発することが少なくありません。そのような再発前立腺がんの3~4割が、腺がんタイプからNECタイプへと性質が変化していることが分かっています。

(※2)ナイアシン、ナイアシン制限食:
 NAD合成の材料になるビタミン(ビタミンB3)をナイアシンと呼びます。ナイアシンには、ニコチンアミド, ニコチンアミドリボシド, ニコチン酸, ニコチン酸リボシド, 等、いくつか種類があります。
 含まれるナイアシン量が通常より少なくなるように調整した食事をナイアシン制限食と呼びます。今回の研究では、特殊な処理でナイアシンを完全に除去したナイアシン除去エサ(合成エサ(写真))を実験に用いています。
 ※ 現在ウィキペディアにある「ニコチン酸とニコチン酸アミドを総称してナイアシンと呼ばれる」という記述は、やや正確性を欠いています。ご注意下さい。

(※3)NAMPT阻害薬:
 NAMPTはニコチンアミド(ナイアシン類の1つ)からNADを作る反応に関わる酵素です。NAMPT阻害剤は、NAMPTの重要な部位に結合し、そのはたらきを抑えます。米国等では、新たながん治療薬候補として臨床試験が行われています。
【お問い合わせ先】
田沼 延公(タヌマ ノブヒロ)
宮城県立がんセンター 研究所
がん薬物療法研究部 (東北大学大学院医学系研究科 腫瘍生化学分野)部長
TEL:022-384-3151(代表)
E-mail : nobuhiro.tanuma.c7*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

【発表論文】
Nomura M., et al, Niacin restriction with NAMPT-inhibition is synthetic lethal to neuroendocrine carcinoma.
Nature Communications, 2023年12月13日号
https://www.nature.com/ncomms/