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沿革


昭和32年4月 県立名取病院開設(精神科・神経科 140床)院長 遠藤 康
昭和32年11月 基準看護、基準給食承認第10,820号
昭和33年10月 南病棟数増築(鉄筋コンクリート3階建 1,838平方メートル)
病床数変更(140床→410床)
昭和34年4月 附属准看護学校開校
昭和39年4月 県立病院に地方公営企業法の財務一部適用を実施
昭和40年3月 生活療法棟新築(鉄筋コンクリート平屋建、一部2階建 817平方メートル)
昭和40年7月 運動場用地取得
昭和42年4月 診療報酬点数表変更(甲表→乙表)
昭和42年12月 基準看護2類承認
昭和46年6月 基準看護変更(2類看護→1類看護)
昭和47年4月 歯科開設
昭和50年10月 基準看護変更(1類看護→特1類看護)
昭和51年4月 診療報酬点数表変更(乙表→甲表)
昭和53年12月 基準給食(変更)承認(食)第348号
昭和54年7月 改築第一期工事着工(本館、厨房、東病棟、北病棟)
昭和55年10月 改築第一期工事完成、使用
昭和55年11月 改築第二期工事着工(東病棟の一部、西病棟、ソーシャルセンター棟)
昭和56年2月 病床数変更(410床→354床)
昭和56年6月 改築第三期工事着工(車庫、焼却炉、霊安室、営繕倉庫)
昭和56年9月 改築第二、三期工事完成、使用(全館完成)
昭和56年12月 基準看護承認 (看)第314号
基準寝具承認 (寝)第456号
昭和57年4月 経理事務に電子計算機システム導入
医事事務に電子計算機システム導入
昭和58年7月 被爆者一般診察機関に指定 指定番号第72号
昭和58年8月 精神科デイケア承認 (デ第1号)
昭和59年2月 精神科作業療法承認 (精第1号)
昭和59年3月 院長 遠藤 康 退職
昭和59年4月 遠藤 康 名誉院長に就任
菊地 潤 第2代院長に就任
昭和61年4月 医事業務委託
給食事務に電子計算機システム導入小遣銭管理事務に電子計算機システム導入
昭和61年11月 基準給食(変更)承認 (食)第429号
給食業務一部委託開始
昭和62年3月 臨床研修病院に指定
昭和62年4月 カルテ管理業務に光ディスクファイルシステム導入
昭和62年7月 IDカード(診察券)発行システム導入
平成1年7月 薬品管理システム導入
平成2年3月 院長 菊地 潤 退職
平成2年4月 早坂 啓 第3代院長に就任
平成2年9月 西一病棟改築工事着工(浴室、洗面所、便所の拡張他)
平成4年3月 西一病棟改築工事完成
平成4年6月 病棟編成替実施
平成4年3月 院長 早坂 啓 退職
平成6年4月 猪俣 好正 第4代院長に就任
特別管理給食加算承認 (管食)第24号
平成6年10月 食堂加算、選択メニュー加算
新看護3:1(B)
平成8年4月 地域医療科(訪問指導係、ディケア係)を新設
平成8年8月 新看護3:1(A)
平成8年10月 夜間勤務等看護加算
平成9年11月 院内感防止対策基準届出承認
平成10年10月 総合リハビリテーションセンター使用許可承認
平成12年4月 診療報酬点数表変更(入院基本料 3)
地方公営企業法全部適用
平成12年7月 応急入院指定病院に指定
平成15年4月 宮城県立名取病院から宮城県立精神医療センターに名称変更
平成15年6月 精神科救急医療棟開棟
平成15年8月 外来処方オーダリングシステム稼働
平成16年6月 院外処方本格開始
平成17年2月 入院処方・給食オーダリングシステム稼働
平成17年12月 看護補助加算10:1
平成18年2月 病床数変更(354床→345床)
平成19年3月 精神科救急入院料(スーパー救急)承認(北1病棟)
平成20年3月 (財)日本医療機能評価機構認定病院に認定
院長 猪俣 好正 退職
平成20年4月 猪俣 好正 名誉院長に就任
小髙 晃 第5代院長に就任
平成22年6月 病床数変更(345床→286床)
平成23年2月 電子カルテ導入
平成23年4月 地方独立行政法人宮城県立病院機構へ移行
平成23年7月 児童思春期外来開始
平成25年8月 病床数変更(286床→271床)
平成26年2月 精神科救急入院料(スーパー救急)承認(北2病棟)
平成26年4月 訪問看護ステーション「ゆとり」開設
平成27年11月 病床数変更(271床→258床)
平成28年1月 児童・思春期精神科入院医学管理料承認(西1病棟)
平成28年4月 角藤 芳久 第6代院長に就任